ホームページ
ニュース
ターボトレインとは何か
  超強力機関車を求めて
  高速気動車を求めて
  非電化に奇跡を
  オイルショック
日本のターボトレイン
  誕生の背景
  キハ07
  キハ391
    動力性能
     資料1
     資料2
     資料3
     資料4
     資料5
     資料6
     資料7
     資料8
     資料9
     資料10
     資料11
  何が問題だったか
  様々な提案
     動力集中方式
     連接か非連接か?
ガスタービン車両最近の動き
  RTLV
  ジェットトレイン
  ALPSプロジェクト
  CINGL
  低公害ガスタービン機関車
ガスタービンとは
  仕組み
  様々な構成
  長所・短所
  トルク特性
  燃料消費
ガスタービンの進歩
  M1戦車が示したもの
  ディーゼルへの挑戦
新しい試み
  Multi-Pressure GT
  Jirnov Vortex Engine
  Ramgen Engine
  Detonation Cycle GT
”もしも”を楽しむ
  キハ391とM1戦車
  電気式ガスタービン動車
  電源車方式
  ガスタービン機関車
  非電化高速鉄道
  キハ391改
  キハ391改-電気式
  映画とアニメ
    Rail Wars! はつかり
    Rail Wars! はつかり2
    Rail Wars! はつかり3
リンク
引用元など
掲示板


 

高速気動車を求めて

 

 機関車ではアメリカの例以外本格的に使用されることがなかったガスタービンですが、1960年代になって高速列車用としてにわかに脚光を浴びることになりました。その当時の背景を見ていきましょう。

新幹線の衝撃

 東海道新幹線の成功は世界の鉄道界をあっと言わせました。当時鉄道は長距離輸送を航空機に食われ、中距離も短距離も自動車に食われ、旅客はどんどん減少し各国の鉄道はその将来を悲観し縮小する方向にありました。そんな中で建設が決まった新幹線。世界の3馬鹿と並び称され世界銀行からは出資を渋られながら1961年、東海道新幹線は開業しました。
 そしてその後の歴史はご存知の通り、当時でもその好成績は無視できなくなり、高速鉄道が鉄道の斜陽化に歯止めをかけ、新たな発展をもたらすことを証明したのです。これ以降、先進国の鉄道界は高速鉄道建設に熱中するようになりました。

在来線を利用したい

 軌道は標準軌でしかも直線が多く、すでに160km/h程度の速度で営業運転を行なっていた欧米の鉄道では何とかこれまでの線路を利用しようとしました。 新線建設のリスクを避け、膨大な電化費用を省略するため、従来の非電化線路を高速で走れる軽量高出力の内燃動車が求められるようになりました。 

ガスタービンの発展

 このころ、空はすっかりガスタービンの時代となり、その発展には目を見張るものがありました。このエンジン革命を空から地上へ、そして海へと多くの技術者が夢見ていた時代でした。 夢のタービンカーといったタイトルが一般向け自動車雑誌に載り、インディ500マイルレースではガスタービン車の脅威にレシプロ車が脅えていた時代でした。 鉄道では電車の性能も今よりはるかに低く、蒸気機関車やディーゼルにいたっては実用的な高速列車を想定することさえできませんでした。 

電気運転の限界

 電動機自体はすでに当時から200km/h以上の巡航運転をこなせるほどの性能を持っていました。新幹線は210km/hの営業速度で速度向上試験では256km/hを達成していました。また、フランスでは1955年に一度だけの試験とはいえ電気機関車で330.88km/hの速度記録を樹立していました。しかし、この試験で架線、パンタグラフは大きな被害を受け、250〜300km/h以上の世界で実用的に集電するのは容易なものではないことをみんなが感じていました。当時は集電の壁が高速電気運転の重大な問題だったのです。この試験以外に300km/h以上の速度を記録した例はなかったのです。 

ディーゼル運転の限界

 当時のディーゼルは性能面で蒸気機関車にさえなかなか追いつけず、ドイツで気動車が205km/hを達成したのが1936年、蒸気機関車は1938年にイギリスで202.8km/hを記録していました。 1939年にやはりドイツの気動車が215km/hを記録したもののその後長らく進展がなく、ディーゼルで営業用車両が200km/hを超えるのはイギリスのHSTの登場を待たねばなりませんでした。(1973年229km/h)

これらの背景があって高速列車として俄然ターボトレインに注目が集まりました。当時非電化で高速列車を走らせるにはガスタービンの恐るべきパワーがどうしても必要だったのです。

このページの先頭へ