低公害ガスタービン機関車

 日本ではすでに見られない光景ですが、都市部に多数のディーゼル機関車牽引列車が乗り入れているアメリカでは鉄道に起因するディーゼル排気公害が深刻になっています。

その改善策として主機にガスタービンを採用した機関車列車について検討した論文が2002年に発表されました。以下にその要約をご紹介します。

エンジンの選定

 大馬力ディーゼルの排気浄化が不十分な現状では他のエンジンを採用せざるを得ず、サイズ、重量、出力、排気特性からガスタービンが最有力となります。しかし、効率が比較的高い最新のヘリコプター用ガスタービンはディーゼルよりかなり高価で、採算面で難しい問題を抱えています。そこでTF15に注目しました。

 TF15とはM1戦車が示したもので解説したAGT1500のことで、11000機以上量産され、オーバーホール済の中古品が現在のヘリ用と比べほぼ半額の価格で入手可能です。性能的には再生装置付のため部分負荷でも比較的効率が高く、ディーゼルに比べ大幅に軽量化できます。しかも減速歯車を内蔵しているため出力軸の回転数は3000rpmと低く、特殊な発電機や追加の減速歯車を必要とせず、汎用の発電機を流用可能です。

 次の図は元のディーゼル機関車と同じ8ノッチで制御した場合のノッチ別回転数と出力の関係を示したもので、電気式のためグラフの太線が示す最適回転数になるようにエンジンを自動制御します。

 置き換えの対象として想定するのは、3000馬力の電気式ディーゼル機関車1両が牽引する客車列車で、編成の空車重量は625トン、ラッシュ時の積車重量が910トンになるとしています。

機関車の主機は12気筒2サイクル3000馬力で、800rpmで交流発電機を駆動します。電源用には8気筒4サイクル780馬力のエンジンを搭載しています。

 次の表は実際の路線でのこの編成のノッチ別運転時間を示したものです。高ノッチの使用時間は全体の1/3に満たず低ノッチやアイドル運転の時間が長いことが分かり、ガスタービンにはかなり不利な走行環境となります。

 TF15は全長1689mm、幅 991mm、高さ808mm、重さ1134kgで、減速装置と再生装置を内蔵している割にはコンパクトにまとめられ、床下に装備可能なサイズとなっています。典型的な機関車用2サイクル中速ディーゼルのおよそ1/9の重さしかありません。

 3000馬力のディーゼル発電機を取り除き、TF15に3000rpmの発電機を結合した発電セットを2機搭載し、発電出力を電気的に統合します。このほうが2機のガスタービンの出力を歯車で結合して1機の発電機を駆動するより軽量化できます。電源エンジンはそのままの状態とTF15に換装した場合でシミュレーションを行います。ガスタービン化により機関車は30.5トンの軽量化が可能になります。

 次の図は各種エンジンの燃料消費率と出力の関係を示しています。一番上の曲線は最新のヘリ用の単純サイクルガスタービンで、低出力領域で悪化しています。2番目の曲線はTF15で、1960年代の技術で設計されたにもかかわらず最新型の単純サイクルより効率は高く、しかも低速での悪化が少なくなっています。3番目は上記の軽量化による燃料消費量の減少を加味して計算したもので、軽量化により7%ほど燃費が改善しています。一番下がディーゼルで、部分負荷でも高い効率を維持しているのが分かります。

 TF15など再生装置付ガスタービンの特徴として、外気温の変化による出力変化を受けにくいという特徴があります。エンジンの性能は外気温摂氏15度で測定するようになっていますが、ディーゼルと異なりガスタービンは温度の影響を受けやすいという欠点があります。低音ほど性能がよくなるのである意味では長所でもありますが、安定性という意味ではよくありません。下の図は外気温が出力にどのように影響するか見たものです。単純サイクルでは5度辺りから徐々に低下し、40度になると900kWまで低下しています。これは定格の1150kWから実に2割以上も落ちているのです。これに対してTF15では30度付近まで定格を維持しています。つまりよほどの高温環境でない限り出力変化を意識する必要はありません。

環境負荷低減効果

 次の図はガスタービン化による汚染物質の排出量の変化を示します。一番上のグラフが現行の車両での1運用での排出量を示しています。2番目は主機のみガスタービン化し、電源エンジンはディーゼルのままにした場合で、50%の汚染物質排出低減が可能です。NOx対策がなされていない古いガスタービンでさえこれだけの削減効果があるのです。3番目は電源エンジンもガスタービン化したもので、64%減らすことが可能です。特に人体への影響で問題視されている粒子状物質(PM)はオールガスタービン化した編成では発生しません。

燃料消費

  一方、燃料消費は確実に増加します。次のグラフは3方式での比較です。

 電源エンジンも含めすべてガスタービン化した場合で18%、主機のみ換装した場合で7%の燃費悪化となっています。走行用動力だけで比率を計算すると約10%の悪化となります。近郊用の各駅停車列車で10%しか燃費が悪化しないのはにわかに信じにくい値ですが、この論文ではグラフに示すとおりとなっています。軽量化による効果を加味しても効率が25%ほど悪いガスタービンによる走行で上記グラフが示す走行燃費の差はやや不自然です。電源エンジンはTF15をかなりパワーダウンして使用する関係で燃費が悪い状態で使用するので電源エンジンまで置き換えるのはこの方式を採る限り不利となります。

液化天然ガス燃料

 代替燃料として注目されている天然ガスは軽油に比べ発熱量が少なく燃料タンクも低温維持が必要で61%も体積が大きくなります。しかもディーゼルでは同じサイズのエンジンでは出力が55%しか出ず、1両と同じ性能を発揮するには2両必要となります。

 一方、ガスタービンは連続燃焼のため性能低下はなく、燃焼ガスによるタービンの汚損がないため保守期間が2倍になります。

 次の図は駆動用エンジンのみ液化天然ガスを燃料とし、電源エンジンのみ軽油を燃料としたときの、ディーゼル方式と軽油燃料ガスタービン方式の汚染物質の排出量です。なお、電源エンジンは後者もディーゼルのまま残しています。

 ガスタービンは軽油燃焼でも天然ガス燃焼ディーゼルより汚染物質の排出は少なくなっています。

 次の図はガスタービンも天然ガス燃焼とした場合の比較で、軽油燃焼よりさらに少なくなっています。

世界最強内燃機関車

一方、この考えを具体的に推し進め実現したのがロシアです。古のソ連時代から落ちぶれたとはいえ、アメリカに今でも様々な面で対抗心を燃やすロシアですが、ディーゼルの煙でも負けてはいません。


勇ましい煙とともにガスタービン並みのキーンを轟かせるターボディーゼルは勇ましい限りです。

しかし環境問題がやかましい今の時代、そうも言ってはいられません。 そこで開発されたのが天然ガス燃焼のガスタービン機関車です。まさに腐るほどある天然ガスを使い煙を減らせるのであればと張り切ったのでしょう。
しかも長大貨物用として作成されたためとてつもない機関車となりました。ついにユニオン・パシフィック鉄道の8500馬力ガスタービン機関車を抜いて世界最強の内燃機関車となり、ギネス認定されることとなったのです。。

車載可能で大出力を実現するため爆撃機用に開発されたジェットエンジンを転用した11300馬力というガスタービンが搭載されました。天然ガスは液化しても軽油などより比重が小さく2倍近い体積となります。さらに保冷と圧力を保つ必要があり燃料タンクが大型となります。ガスタービン発電セット自体はDF200クラスの車体に収まるサイズですが、電動機の出力や粘着重量の確保の問題から流石にこの出力ではF級では無理があります。そこで燃料タンクは独立した車体に格納、機関車は2車体構成とし、軸配置はL、つまりF級の車両が2両連結された状態となったのです。

400トンに迫る重量と12軸全軸駆動により高い粘着力を発揮、起動引張力は100トンに達し、15000トンの貨物列車を単機(一応1両扱いのため)牽引可能という恐るべきパワーを持っています。軽量な日本の機関車では想像もできないような起動引張力です。

航続距離は大きな燃料タンクの割に750キロと短いのですが、天然ガス燃焼の魅力はそのクリーンな排気ガスです。次の映像は力行中のもので、狼煙が高く登っているのがわかりますが煙ではなく、まさに陽炎のような空気の屈折変化に寄るゆらぎとしてしか認識できないほど透明です。

ユニオン・パシフィックの8500馬力ガスタービン機関車がガスタービンとは思えないような黒煙を吐いていたのとは実に対照的です。もっともあちらはコールタールに近いような超がつくような低質燃料を使っていたため極端ではあったのですが。

次の画像は初代で燃料タンクむき出しではない方です。やはり煙をみることはありません。こちらは狼煙の上がり具合がやや弱いのでフルノッチではないのでしょうがいたってきれいです。


そしてこの機関車は大出力の割に静かな点も特徴です。通過時の貨車の騒音と比較するとわかりますが、キハ391の時代に騒音が問題になったのが不思議なくらいです。ジェットトレインの騒音でもわかりますが、ガスタービンをストール無しで最適回転で使用できる電気式の賜物とも言えるでしょう。

酷寒の地でのガスタービンの圧倒的な優位性はM1戦車のページで書いたようにロシアはソ連軍の時代からよく知っています。あの広大で人口密度が極端に少ない国土にクリーンな機関車が意味があるか少し疑いたくもなりますが、日本では考えられないような寒冷地という点でみればこの選択は間違いなく正解と言えるでしょう。

 

 

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